企業のITマネージャーにとって、投資案件の提案は頭が痛いものです。経営陣を説得して、お金を引き出すことが大変だからです。経営陣はその責任も大きく、どうしてもIT投資に対しては、金額も大きくなりますから慎重になりがちです。
さらに、ITの分野は、仕組みも新しく、それらの専門用語も数多く出てきます。ですから、自らが知らないことや見えないもの、あるいは経験したことがないことが多くあり、ますます判断が慎重になるのです。
とはいっても、次々と現れるウイルスの脅威に対するネットワークセキュリティーや、運用中のシステム改善や不具合を修正しないわけにはいけません。さらに、ユーザからのクレームは毎日です。
経営陣から投資を引き出す方法として、これまで私が経験した中で、最もスピーディーに承認まで進んだケースは、トラブルや重大なエラーが起きた時です。
トラブルや重大なエラーをとにかくタイムリーに、ありのままに報告をすることです。つまり、「大変なことが起きた」、「こんなにダメージがあった」、「現場は困っている」といった内容でプレゼンテーションをすることです。投資を引き出すために、内容を誇張する必要はありません。なぜならば、経営陣はリスクに対して敏感ですから、私たちが報告した以上に重く受け止める傾向があるからです。
さらに、日本の企業文化として、何か事件が起こると、直ちに組織内の横へ広がり、「それは一大事だ」、「これはいかん」といった具合に、全社的に一気にエモーショナルに盛り上がっていきます。一気に盛り上がって、そして、しばらくすると急に覚めてしまう、と言う特徴があるそうです。これを利用しない手はありません。これは、社会学の大家である中根千枝さんも、その著書でおっしゃっている通り、日本人の集団心理の特徴だそうです。
トラブルや重大エラーがあると、責任者であるITマネージャーは、ユーザーや経営陣から責められます。しかし、このマイナスをプラスに変える、と言う発想で、 迷惑をかけたユーザに対しては素直に謝罪をし、これらトラブルの対策について具体的な提案をすることです。
重要な点は、タイミングです。先程も言いましたように、一気に盛り上がる、そして一気に冷めてしまうからです。この一気に盛り上がった時に、タイミング良く提案をすることです。トラブルが起きて、2ヶ月も3ヶ月も経って、ことが鎮静化した後に経営陣に対してプレゼンテーションをしてもあまり関心を得ることができず、 せっかくの改善のための投資案件も、先延ばしになってしまう可能性が大きくなります。
ですから、ITマネージャーとしては、トラブルやエラーを、上手に活用して投資金額を引き出すことが賢い対応の仕方です。 そのためには、普段からリスクに対する対策をある程度想定しておくことです。システムベンダーやコンサルタントたちから情報を収集する活動を常に怠らないことです。
また、部下に対しても、担当するシステムに対して、想定されるリスクを洗い出させて、その対策を IT部門内の課題としてリストアップしておくことです。 定期的な、部内ミーティングで、それらのリスクについて、対策案をアップデートしていく活動をふだんからやっておくことです。
一方、そうしたトラブルやエラーをひたすらに隠すマネージャもいます。怒られるのが怖いからです。トラブルや重大エラーをそのまま放置しておくと、最後には、とてつもなく大きなトラブルが起こる可能性があり、怒られるだけでは済まなくなるのです。
例えば、会社の業務が全面的にストップする、ウィルスに侵入されて、重要なデータが全て書き換えられてしまうとか、個人情報が漏洩してしまう、といった社会的にも大きな影響与えてしまう問題を 引き起こしかねません。怒られても結構、ただし、その対策を、具体的な再発防止改善として、前向きにタイミング良く説明すれば、ITの投資は承認されて、トラブルと言うマイナスがプラスになるのです。
今やITを使わずに仕事は進みません。しかし、経営陣は、この点については、まだよく認識ができていないと思います。なぜならば、経営陣の多くは昭和世代であり、手書きでのアナログな仕事を数多く経験してきました。彼らは、ITが重要だと言うことは認識してはいるものの、実際にITを使って実務を数多く行っていません。ですから、若い世代よりは、認識は高くないと思います。 そうした厄介な経営陣に対して、提案ができるのは、セキュリティーの重要性や、システムがもたらす効率性を誰より良くよく知っているITマネージャーなのです。 わかりやすい言葉で、ロジカルに説明をすることもとても大切です。しかし、それにも増して、トラブルやエラーが発生したときに、いかに迅速に対応して、具体的な提案ができるかどうかが大切です。こうして、タイミングよくお金を引き出すこともITマネージャーの仕事なのです。